2026/10/16 離婚・男女問題
養育費は公正証書にすべき?離婚協議書との違いと差し押さえまでの流れ
「養育費の約束は、離婚協議書に書いたから大丈夫」。そう考えていたのに、支払いが止まってから、すぐには差し押さえができないと知って驚かれる方がいます。
養育費の取り決めは、どの形式の書面に残したかによって、支払いが止まったときに取れる手段が変わります。この記事では、口約束・離婚協議書・公正証書・調停調書の効力の違いと、公正証書の作り方、入れておくべき条項、不払いが起きたときの流れを整理します。
なお、2026年4月から養育費に関する法律の改正が施行されています。改正で変わった点にも触れながら説明します。
「書面はある」のに差し押さえられない理由
給与や預金を差し押さえる「強制執行」をするには、原則として「債務名義」と呼ばれる書類が必要です。債務名義とは、裁判所などの公的な手続きを経て、支払い義務の存在が確認された書類のことで、確定判決、調停調書、審判書、そして強制執行を受け入れる旨の文言が入った公正証書などがこれにあたります。
夫婦二人で作成した離婚協議書は、法律上は「私文書」です。合意の内容を証明する証拠としては大切ですが、それだけでは原則として債務名義になりません。支払いが止まった場合、まず調停や訴訟を起こして債務名義を得る必要があり、その分の時間がかかります。
LINEでのやり取りや、相手が手書きした念書も同じ扱いです。約束した事実を示す証拠にはなりますが、それだけで差し押さえに進むことはできません。
ただし、2026年4月施行の改正により、養育費には「先取特権」という優先権が認められるようになりました。これにより、離婚協議書などで取り決めた養育費についても、一定額までは、公正証書や調停調書がなくても差し押さえの申立てができる道が開かれています。とはいえ上限額があり、取り決めの内容を書面で示す必要もあるため、公正証書を作る意味がなくなったわけではありません。
3つの書面の効力比較|口約束/離婚協議書/公正証書/調停調書

養育費の取り決め方ごとに、支払いが止まったときの対応の違いを比べると次のようになります。
| 取り決め方 | すぐに強制執行できるか | 作成の費用 | 手間・期間 |
|---|---|---|---|
| 口約束 | できない(内容の証明も難しい) | かからない | なし |
| 離婚協議書 | 原則できない(改正により一定額までは先取特権で申立ての余地あり) | かからない(専門家に依頼すれば費用がかかる) | 夫婦で作成 |
| 公正証書(執行認諾文言付き) | できる | 公証人手数料がかかる | 公証役場の予約・出席が必要 |
| 調停調書・審判書 | できる | 申立て費用は比較的少額 | 家庭裁判所での手続き。数か月かかることが多い |
公正証書と調停調書は、どちらも強制執行ができる書面です。話し合いで合意できているなら公正証書、合意が難しいなら調停、というのが一般的な使い分けです。

公正証書の作り方|5ステップと必要書類
公正証書は、全国の公証役場で公証人に作成してもらいます。おおまかな流れは次の5ステップです。
ステップ1 合意内容を整理する。養育費の金額・支払日・終期、財産分与、慰謝料、親子交流などの取り決めを、夫婦で書面にまとめます。この段階で内容が固まっていないと、公証役場でのやり取りが長引きます。
ステップ2 公証役場に予約・相談する。最寄りの公証役場に連絡し、合意内容のメモや必要書類を送って相談します。一般的に、戸籍謄本、本人確認書類(運転免許証など)、財産分与に不動産が含まれる場合は登記事項証明書などを求められます。
ステップ3 案文を確認する。公証人が作成した公正証書の案文が届きます。金額や日付、条項の文言に誤りがないか、この段階で丁寧に確認します。
ステップ4 夫婦で公証役場に出席する。予約日に夫婦で公証役場に行き、公証人が内容を読み上げ、双方が署名押印します。相手と顔を合わせたくない場合などは、代理人(弁護士など)による出席が認められることもあります。
ステップ5 正本・謄本の交付を受ける。作成後、正本や謄本が交付されます。強制執行の際に必要になるため、大切に保管してください。
最初の相談から作成当日までは、公証役場の混み具合や案文の修正回数にもよりますが、おおむね数週間程度を見ておくと安心です。離婚届の提出日が決まっている場合は、公正証書の作成日との前後関係も含めて、早めに段取りを組んでおくことをおすすめします。
費用の目安
公証人に支払う手数料は、法令(公証人手数料令)で定められており、公正証書に記載する「目的の価額」によって変わります。養育費の場合は、支払期間の総額などをもとに価額が算定されます。
一般的な養育費の取り決めであれば、手数料はおおむね数万円程度に収まることが多いですが、財産分与や慰謝料を同じ公正証書に入れる場合は、それぞれの価額が加算されます。このほか、正本・謄本の交付にかかる費用や、送達の費用が別途必要です。
| 費用の項目 | 目安 |
|---|---|
| 公証人手数料 | 目的の価額に応じて変動(おおむね数万円程度) |
| 正本・謄本の交付 | 枚数に応じて数千円程度 |
| 送達の費用 | 数千円程度 |
| 専門家への依頼費用 | 依頼する場合のみ(料金ページをご確認ください) |
正確な金額は、合意内容を伝えたうえで公証役場に確認するのが確実です。
必ず入れる条項・入れ方を間違えやすい条項
公正証書は、作成すれば安心というものではありません。書かれている内容しか効力を持たないため、条項の書き方ひとつで、後から取れる手段が大きく変わります。
執行認諾文言
「債務者は、本証書記載の金銭債務を履行しないときは、直ちに強制執行に服する旨陳述した」といった文言です。これが入っていないと、公正証書であっても強制執行ができません。公証役場で作成する場合は通常入れられますが、案文の段階で入っているかを確認しておきましょう。
養育費の終期・金額・支払日・振込先
「子が大学を卒業するまで」という書き方は、よく使われる一方で、浪人・留年・進学しなかった場合にいつまでなのかが曖昧になりがちです。「満22歳に達した後の最初の3月まで」のように、日付で特定できる書き方にしておくと争いを防げます。金額は子ども1人あたりの月額で、支払日と振込先の口座も具体的に記載します。
増減額の協議条項
養育費は長期間にわたるため、どちらかの収入が大きく変わったり、再婚して扶養家族が増えたりすることがあります。「事情の変更があった場合は協議する」旨を入れておくと、見直しの話し合いのきっかけになります。ただし、この条項があっても自動的に金額が変わるわけではなく、合意できなければ調停で決めることになります。
清算条項の範囲
「本件離婚に関し、本証書に定めるもののほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する」という条項を清算条項といいます。紛争の蒸し返しを防ぐために入れるものですが、範囲を広く書きすぎると、後で請求するつもりだった慰謝料や財産分与、年金分割まで「請求しない」と合意したことになりかねません。
たとえば、財産分与の話し合いがまだ終わっていないのに、養育費だけを先に公正証書にして清算条項を入れてしまうと、財産分与の請求が難しくなるおそれがあります。清算条項を入れるときは、「財産分与を除き」のように対象を限定する書き方を検討してください。
「養育費は請求しない」は無効になりうる
早く離婚したい一心で、「養育費は一切請求しない」と合意してしまうケースがあります。しかし、養育費は子どもが親から扶養を受ける権利に基づくもので、親同士の合意で子どもの権利まで放棄させることはできないと考えられています。こうした合意があっても、事情によっては後から養育費を請求できる場合があります。とはいえ、最初から適切な金額で取り決めておくほうが、はるかに確実です。

不払いが起きたときの流れ

養育費が止まったときの対応は、どの書面で取り決めたかによって入口が異なります。
公正証書(執行認諾文言付き)がある場合は、裁判を起こさずに、地方裁判所へ強制執行(給与や預金の差し押さえ)を申し立てることができます。
家庭裁判所の調停や審判で決めた場合は、強制執行のほかに、家庭裁判所から相手に支払いを促してもらう「履行勧告」や、支払いを命じてもらう「履行命令」という手続きも使えます。履行勧告は費用がかからず、まず相手に働きかけたいときに使いやすい手段ですが、強制力はありません。
養育費の差し押さえには、一般の借金よりも有利な扱いがあります。給与を差し押さえる場合、通常は手取りの4分の1までが上限ですが、養育費では2分の1まで差し押さえることができます。また、一度申し立てれば、将来の支払い分についても継続して給与から回収できる仕組みがあります。
ただし、相手の勤務先や預金口座がわからない、相手に収入や財産がない、といった場合には、差し押さえても回収できないことがあります。勤務先がわからない場合は、財産開示手続きや第三者からの情報取得手続きといった制度を使える場合がありますので、あきらめる前に相談してください。
第三者からの情報取得手続きでは、裁判所を通じて、市町村や年金事務所から相手の勤務先の情報を、金融機関から預金口座の情報を取得できる場合があります。相手が転職を繰り返していても、こうした制度を使うことで差し押さえ先を見つけられることがあります。不払いが始まったら、未払いの期間が長くならないうちに動くことが大切です。
よくある質問(FAQ)
相手が公証役場に来てくれない場合はどうすればいいですか?
公正証書は当事者双方の合意と出席(または代理人の出席)が必要なため、相手が応じない場合は作成できません。その場合は、家庭裁判所に養育費の調停を申し立てる方法があります。調停で合意できれば、調停調書が公正証書と同じく強制執行できる書面になります。
作成した後で金額を変えることはできますか?
当事者同士で合意できれば、新たに公正証書を作り直して金額を変更できます。合意できない場合は、家庭裁判所に養育費の増額・減額の調停を申し立てることになります。
年金分割も公正証書に入れられますか?
年金分割の按分割合について合意した場合、その内容を公正証書に入れることができます。ただし、年金分割は公正証書を作っただけでは完了せず、原則として離婚から2年以内に年金事務所へ請求する必要があります。期限を過ぎないよう注意してください。
離婚した後からでも公正証書は作れますか?
作れます。離婚時に口約束や協議書だけで済ませていた場合でも、相手の協力が得られれば、あらためて公正証書を作成できます。
まとめ|署名の前の1回のチェックで、10年後が変わる
養育費は、子どもが成人するまでの長い期間にわたる約束です。支払いが止まったときにすぐ動けるかどうかは、離婚時にどの書面を、どのような条項で作ったかで大きく変わります。
2026年4月の改正で、公正証書がなくても一定額までは差し押さえを申し立てられる道ができましたが、上限があるため、取り決めた金額をしっかり確保するには、執行認諾文言付きの公正証書や調停調書が引き続き有効です。清算条項の範囲や養育費の終期など、書き方を誤ると後から取り返しがつかない条項もあります。
署名する前に、一度内容を確認させてください。書面のチェックだけのご依頼も承っています。


